坂本八幡宮で梅花の宴が開かれた?大伴旅人の邸宅とされる地を訪れる

FUKUOKA 観光

「平成」から新元号「令和」に変わり、一躍有名になった、坂本八幡宮。

「令和」の典拠となった「万葉集」の歌が詠まれた場所が大伴旅人の邸宅であり、諸説ある邸宅の場所の一つがこの坂本八幡宮なのです。

令和ゆかりの地となった坂本八幡宮は、近くにある太宰府天満宮と合わせて是非立ち寄ってもらいたいおススメ観光スポットです。

坂本八幡宮へのアクセス

坂本八幡宮には駐車場があり、車で直接向かうのが一番早い方法ですが、坂本八幡宮の手前には大宰府政庁跡があります。

坂本八幡宮に行くなら大宰府政庁跡も一緒に見てほしい場所。

大宰府政庁跡には展示施設が併設されており、そこで令和についての資料を見ることが出来ます。

「令和ゆかりの地」について詳しくなってから坂本八幡宮を訪れると楽しみ方も変わってくると思います。

広大な敷地の大宰府政庁跡の正面から見て左手奥の方に坂本八幡宮があります。

大宰府政庁跡の左手には桜並木道が続いています。

政庁跡を右手に見ながらこの道を歩いて行きます。

5分から10分ほど歩いたら到着。

とても小さな神社なので衝撃を受けるかも・・。

坂本八幡宮とは

坂本八幡宮の御祭神は応神天皇。

平安時代、この場所に作られたのは天台宗の寺院である「善正寺」。

当時、九州の天台宗系の寺院が境内に八幡宮を祭っていたことから「善正寺」にも八幡宮があったと考えられています。

のちにこの「善正寺」は無くなり、寺の境内にあった社が坂本八幡宮として再興されたと伝えられています。

入口を入ると左手に「がらんさま」という立て札が目に飛び込んできます。

これは天台宗の寺院によく見られるもので寺院の中心や俗世間との境界に置かれることが多いそうです。

拝殿は小さく、一人ずつ順番に参拝していきます。

令和ゆかりの地とされる理由

令和を記念した石碑が建てられていました。

この石碑に刻まれている一文の中に「令」と「和」がありますが、これが元号「令和」の元となったものです。

「初春の月にして、気淑(よ)く風らぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫らす」

これは「万葉集」の梅花の歌、三十二首の序文。

当時の大宰府の長官だった大伴旅人の邸宅で開かれた「梅花の宴」。

そこで32人の歌人が梅の花を題材に歌った「梅花の歌」三十二首の序文として、大伴旅人が書いたもの。

この「梅花の宴」が開かれた邸宅の場所についてははっきりしておらず、諸説残されている中の1つがこの「坂本八幡宮」なのです。

「わが岡(をか)にさ男鹿(をしか)来鳴く初萩(はつはぎ)の花嬬(はなづま)問ひに来鳴くさ男鹿」

大宰府に赴任中の大伴旅人が詠んだ歌です。

令和記念のお守りを授かろう

こちらが令和のお守りです。

「令守(うるわしまもり)」と「和守(なごみまもり)」がセットで初穂料2,000円となっております。

坂本八幡宮のお守りもたくさんありますよ。

辺り一帯は大宰府政庁跡である史跡公園が広がり、桜並木や梅の木の奥にひっそりとたたずむ坂本八幡宮。

とても小さな神社ですが、令和ゆかりの地という事で訪れてみる価値はありますよ。

いたる所で目にする万葉集の歌を詠みながら散策するのも良いかもしれません。

坂本八幡宮
所在地太宰府市坂本3-14-23
お問い合わせ(太宰府市観光推進課)092-921-2121
アクセス都府楼駅から徒歩9分

大宰府政庁跡バス停から徒歩6分(417m)

まとめ

令和ゆかりの地とされる坂本八幡宮。

元号「令和」の出典となった万葉集が詠まれた場所については諸説残されていますが、桜や梅の木に囲まれたこの場所はとても気持ちよく、福岡の新たなパワースポットになるのではないでしょうか。

日常の喧騒から離れ、当時の「梅花の宴」の様子を想像しながらのんびり散策するのも良いですよ。

福岡の人気観光スポットである太宰府天満宮へ行く際にはぜひ立ち寄ってみてくださいね。